私達の研究室では、光刺激に応答して2つの状態を可逆的にとる分子あるいは分子システムの研究をしています。
人間の目の中にあるレチナールという分子も光が当たると分子構造が変化し、それがきっかけで物が見えています(視覚の原理)。このように、光応答分子は身近に存在します。私達は、光で可逆的に色を変えるフォトクロミック分子のうち、ジアリールエテンとアゾベンゼンという耐久性に優れる分子を使った、光応答性超分子システム、生物を模倣した光応答性システム、光応答性液晶システム、ジアリールエテンを用いた光誘起細胞毒性の研究を進めています。
超分子とは分子と分子が水素結合のような弱い結合で結びついたものです。我々は水素結合でジアリールエテン分子がゲルや結晶を作るシステムを見出しました。このゲルは、わずかな紫外線を照射するだけで崩壊し、可視光を照射すると再生しました。また、水素結合からなる結晶は紫外線をあてると曲がり、可視光を当てると元に戻りました。このような、結晶は光で駆動するバネであり、光エネルギーを直接 動力に変えることができるので、ミクロマシーンの動力として期待されています。
ハスやタロイモの葉の上で水は玉のように転がります。このような表面を超撥水表面(その表面と接触する水滴の接触角(Contact Angle: 略してCA)が150°以上)といいます。そのメカニズムは、これらの葉の表面にはミクロンサイズの小さな突起があるからです。私達は、さきほどのジアリールエテン誘導体の中から偶然、光を当てるとその結晶表面に直径1-2 ミクロン(μm)、長さ10 μm程度の小さな針状結晶で覆われるのを見出しました。この針状結晶に覆われた表面は、蓮の葉と同様の超撥水性(ロータス効果)を示すことも見出しました。この突起は、可視光を当てると結晶は消失しロータス効果も示さなくなりますが、 紫外光を照射すると再び生えてロータス効果を示しました。この結果は、2007年7月の日刊工業新聞の第一面や科学欄で紹介され大きな反響を呼びました。
しかし、実際のハスの葉は、ダブルラフネス構造をしています。ハスの葉の表面は直径10 μmの突起で覆われ、その各々の突起は、さらにその各々が直径0.1 μm, 長さ2-3 μmの円柱状のワックスチューブで覆われています(図3)。その表面は落下する水滴を跳ね返す性質をもっています。これは、夏の間水辺に生息し、光合成をおこなう面積を確保するのに必須の性質で、落下する水滴の運動エネルギーを利用し、蜘蛛の巣や、鳥の糞などの落ちにくい汚れを除去するのです。
このような複雑なハスの葉のダブルラフネス構造を、先に述べた結晶成長とオストワルド熟成を利用して作成しました。図4に手法を簡単な概念図にまとめました。
このようにして作成した人工のダブルラフネス結晶表面と、図2中央のように1cの針状結晶が単に生えたシングルラフネス表面を実際のハスの葉表面と比較した。水滴の接触角(CA)は、どれも160°程度で同じであったが、実際に水滴を落下させると図5のようにダブルラフネス構造をもつ結晶膜とハスの葉だけが水滴を弾き返し、この構造の重要性が示された。
生物の表面をまねることで、なぜ、生物がこのような構造をしているのか理解することができる。この成果は、アメリカ化学会の論文誌、J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 10299-10303. に掲載され、2016年8月27日付の朝日新聞朝刊の滋賀版(P27)と京都新聞朝刊(P27)で紹介されました。
また、逆に水滴が表面に接触するや否や表面に広がる性質は、超親水性(CA~0°)と言われ、汚れを自動的に除去するセルフクリーニング表面として、酸化チタンをコートしたガラスなどが使われ、中部国際空港の窓材として実用化されています。 我々が開発した光照射で結晶が成長する表面を応用して超親水性表面を作成することを目指して、イオン構造をもつ新たなDAE誘導体2oを合成しました。同様に溶液コーティングにより膜を形成し、光照射により凸凹表面にした後、水滴を近づけると一瞬で表面に広がり、超親水性を発現しました。この表面も紫外光・可視光の交互照射で、オン・オフできる光操作性を示し、この成果は、イギリス化学会の速報誌、Chem. Commun. 2016, 52, 6885-6887. に掲載され、2016年7月28日付の朝日新聞(大阪本社版)朝刊の科学欄(P27)で紹介されました。
光照射により結晶が曲がるという現象は発見後10年以上が経過し、一般的になっています。最近は、光照射で結晶がバラバラに砕けるというフォトサリエント現象が注目を浴びています。本来なら、硬いはずの結晶が、曲がったり、炸裂したりするのは面白いです。しかし、せっかく面白いだけでなく、何かの役に立たせたいと思いませんか?我々は、光で曲がる結晶を形成する誘導体3oの上部の5員環部を6員環に変えた誘導体4oを合成したところ、その結晶は紫外光を照射すると曲がるだけでなくフォトサリエント現象も示しました。X線構造解析の結果、光照射による分子の変化率が4oから4cへの変化時の分子サイズの変化は、3oから3cへの時の倍以上であり、結晶の構造が分子の変化に耐えられなくなったため、結晶が崩壊しました。
面白いことに、この4oの化合物を加熱すると、昇華して中空結晶が生成し(図8 a,b)、この中空結晶もフォトサリエント現象を示しました。紫外光を照射すると歪がかかる方向は予想できます(図8c)。すると、触れたりすると種を放出するホウセンカの実を模倣して、光刺激で内包物を放出するシステムを作成しました。アメリカ製の直径1 μmの蛍光ビーズを毛管現象で穴の中に入れ(図9d)、これに紫外光を照射するとフォトクロミズムにより結晶は赤紫色に着色し、ヒビが入り始め(図8e)、最後には内包するビーズを放出しました(図8f, g)。この研究成果も注目を集め、2017年9月9日の京都新聞朝刊に掲載されたほか、2017年9月11日に京都KBS 放送のお昼の京都新聞ニュースでも「種を弾き飛ばすホウセンカの実を模倣した光照射で内容物を弾き飛ばす中空結晶システムの開発」として紹介されました。また、姫路市文化国際交流財団発行 「Ban Cul」2018冬号(106号)(ISBN978-4-343-00960-9)の連載記事 ”光の国から 播磨科学公園都市・研究最前線53”で「分子で「機械」を作る 光でモノを飛ばす結晶を開発」(p.78-81)として紹介されました。
液晶は、現在、パソコンや携帯電話のディスプレーとして実用化されています。ここで用いられている液晶分子は、棒状の形状の分子ですが、液晶を形成するもう一つのカテゴリーとして円盤状分子が挙げられます。当研究室は、奈良先端大の清水 洋 博士と共同で2002年から、一つの分子が棒状と円盤状に形を変えて、どちらの液晶の性質をも発現する(欲張った)システムの研究を行ってきました。2012年に照射する紫外光強度を変えるだけで棒状液晶相と円盤状液晶相と等方的液体相を等温的に可逆的に変換することに世界で初めて成功しました(J. Mater. Chem. 2012, 22, 25065-25071)。世界でも稀な、この分子システムは、多くの液晶分野の研究者の注目を集めています。
当研究室ではジアリールエテン3cの光誘起細胞毒性を報告しています。閉環体3cの存在下、436 nmの青色光を照射すると、イヌ腎臓由来の細胞Madin-Darby canine kidney (MDCK) 細胞が死滅・剥離しました(図10)。これは、DNAなどにダメージを与え、カスパーゼ回路を活性化したことにより引き起こされるアポトーシス(プログラム細胞死)ことを確認しました(図11, Chem. Commun. 2015, 51, 10957-10960)。これを利用した光線力学療法への応用展開を研究しています。