2000年度理工ジャーナル

ビッグアップルまるかじり(2)

 

―ニューヨーク滞在記―

 今年の日本は記録的な暑さだったと聞きますがニューヨークは逆に記録的な涼しさだったようです。8月半ばでも最高気温が25℃ぐらいまでしか上がらない日がありました。私は暑さに弱いので今年のニューヨークの気候は助かりました。9月にはいるとさらに涼しくなり長袖で時には上着が必要になりました。日本は残暑が厳しかったと聞いています。

 ところで例年、物質化学科では4年生になって研究室に配属になり卒業研究を始めます。最初は試薬など何がどこにあるかわからず右往左往しますが数か月たちますと周りの環境にも慣れてきて自由に行動できるようになります。私もちょうど卒研生と同じで7月ごろまでは試薬の保管場所、発注の仕方や、解析装置の使い方などがわかりませんでしたが一通りあたりますと大体事情がわかってきますので、ようやく研究室の一員となって実験できるようになりました。研究のことについてはまだ進行中ですのでまとまった結果については次の機会にしたいと思います。今回は研究室の雰囲気やニューヨークでの生活で気がついたことなどについて書いてみたいと思います。

 

【研究室】

  研究員の構成については前回記したとおりですが9月はこちらの新学期にあたり大学院学生が時々研究室に研究内容について聞きに来ています。配属先を決めているようですがアメリカの大学院は色々なオプションが用意されていますので必ずしも研究室に所属する必要はないようです。授業だけでも修士はとれるようです。しかし研究をしなくても修士号を取得できますので修士はあまり高く評価されていないようで卒業後は学部卒と同等程度にしか見てくれないこともあるそうです。日本の場合は学部4年生で研究室配属になり1年間の研究をしますがこちらでは学部生の卒業研究は特にありませんので研究室には学部学生はほとんどいません。研究は博士研究員が中心になって進めています。博士研究員はすでに高いテクニックと知識を身につけていますので何をすべきかということがわかっていますので研究の進み具合が速いようです。また博士研究員や大学院生の他に研究室には現在visiting scientistとしてインドからパーマー教授が数か月間の予定で滞在しています。インドの彼の研究室で学位をとったインド人研究員が数人います。非常に温厚で親切な方です。9月5日はインドでは“先生の日”ということでケーキを買ってきて皆に振る舞っていました。中国でも同様に“先生の日”があるそうで(日にちは違うそうですが)学生が花束やお菓子を持って先生に感謝の意を表す日だそうです。(日本にはそういう日はありませんが)グロス教授はいつも忙しそうにしています。ほとんどの事務連絡は電子メールでなされています。研究の途中経過報告会は1,2か月に1回程度グループミーティングが開かれます。これまで6月、7月、9月(サブグループミーティング)にありました。私は7月のミーティングから自分の研究成果を発表しています。報告はマイクロソフトのパワーポイントにデータを整理してフロッピーかZIP(こちらでの標準外部記憶装置はZIPです)に保存して液晶プロジェクタに写してディスカッションしていきます。研究員は10数人いますし1人当り30分から1時間ぐらいかけますので朝から始めて夕方までかかります。長時間ですが活発に議論しています。

 

【ニューヨークは安全か?】

 ニューヨークは犯罪が多く治安の悪いことで有名ですが市長がジュリアーニになってからかなり改善されたといいます。犯罪件数が減ったのは事実ですし、地下鉄に乗っても派手な落書きもなく少なくとも昼間は安全に乗ることができます。しかしテレビを見ていると発砲事件や刺されたといった類の事件はよくみますので日本と比べるとずっと犯罪は多いと思います。犯罪に遭わないための自衛策としては治安の良くないと言われている地域に行かないということと深夜に出歩かないということぐらいでしょうか?治安が良くなったのはジュリアーニ市長が取締りを厳しくしたためで、実際に街の中を歩いているとポリスがたくさんいますし、パトロールもよくしています。地下鉄の駅でもよく見かけます。そういう意味では犯罪が起こりにくい環境を作っているように思います。しかしこちらのポリスは日本の厳格なイメージの警察官とは全く違います。制服でピストルを持ったまま買い物をしていたりファストフードにいるのによく出くわします。私もピザを食べていたときに隣にピストルを持ったポリスが座ってピザを食べ始めたときはびっくりしました。また市長は自動車の違反に対する罰金をものすごく引き上げたりして、運転の荒いニューヨークのドライバーに注意を喚起しています。その他のことでも取締りが厳しくなっているようで、私の身近に起きたちょっとした事件について次に紹介します。

 

【ニューヨークの取締りは厳しい】

 ニューヨークは公共の場所での酒、たばこについては厳しく原則禁止です。路上でビールを飲むのも禁止されています。私の知り合いでニューヨーク生まれ、ニューヨーク育ちというアメリカ人がぼやいていました。彼が友人と缶ビールを買って最初は店内で飲んでいたのですが、たまたま途中で店の前にあるベンチに座ったそうです。そこではほとんど飲んでいないのにタイミングが悪くポリスが車で通りかかったそうで、彼とその友人は有無を言わさず後手に手錠をかけられて車の中に押しこまれjail(拘置所というよりブタ箱といった方がニュアンスがあいそうです)に連れて行かれたそうです。拘置所はせまくて汚くてたくさんの人が詰め込まれていたそうで、いすも十分になくきたない地べたに座らされたそうです。ほとんどの人が路上でビールを飲んだとか禁煙場所でたばこを吸ったとかという軽いものらしいです。スーツを着た身なりのいい人もいたり(運転免許証の期限がきれていたそうです)フランスからの旅行者もいたそうですが、言い訳も聞いてくれず全く問答無用で連れてこられるようです。そのフランス人は帰りの飛行機に乗ることができなかったのではないかと彼は言っていました。中には麻薬を扱っている人も同じ部屋にいたそうで、気持ち悪かったそうです。食事についても量が少しの上にものすごくまずく、その上朝食が朝4時で早すぎるとぐちを言っていました。結局2日間いて、ジャッジを受けて釈放となったそうです。ちなみに罰金が160ドルだったそうです。彼によると数年前までは罰金は取られても拘置所までは連れて行かれるようなことはなかったそうですが急に厳しくなったそうです。拘置所の中では皆文句を言っていたそうで、ジュリアーニを呪う落書きがいっぱいあったそうです。ジュリアーニが市長になってからは確かに犯罪が減ったけど自由が無くなったというのが彼の意見でした。アメリカ人から自由が無いなどという話を聞くとは思いませんでした。そこで私は自由がいいか治安のいい街がいいかとどちらがいいですか?と聞きますとしばらく考えてbothと言っていました。(当然のことですが)自由というのは定義が難しいですがビールが自由に飲めたり、禁煙場所でたばこを吸っても拘置所に入れられるようなことは日本ではありませんので、私の個人的意見では日本は自由で治安のいい社会ではないかと思います。

 

【インターネット環境】

 私は日本からノートパソコンを持参していますので自分のアパートメントから日本にいたときと同じような環境で電子メールやホームページを見たり作ったりしています。ホームページで日本のニュースもよくチェックしていますので大体何が日本で起こっているか把握できます。こういうことが比較的容易にできるのは通信費が安いということがあげられます。市内通話は時間とともに料金が加算されていくシステムではなく1回接続すると10.6セントとなっていて、一度接続すると何時間接続していても10.6セントですみます。また日本への長距離電話もいろいろな会社がいろいろなサービスを行っていますので競争が激しく価格破壊がかなり進んでいるようです。私がよく使うのは1回接続すると接続料が10セントで1分ごとに13セント加算されるというシステムの会社を利用しています。これですと日本との通話を10分しても150円程度ですみます。(日本からかけると何倍もかかると思います。)これらのシステムはインターネットを使う上で極めていい環境といえます。というのも私は日本にいるときにプロバイダーとしてAOLの会員になりましたがAOLは世界各国に接続の拠点を持っているという利点があります。つまりどこに行っても市内通話でインターネット接続ができます。現在私はニューヨーク市内の拠点に電話して接続していますので上記のように1回接続すると何時間使っても電話代は10.6セントしかかかりませんので通話料を気にすることなく自宅でインターネットができます。またホームページ用のファイルは日本の物質化学科のワークステーションに保存していますが電話料金が安いので国際電話で直接接続して数分でアップロードを済ませています。日本にいたときに日本の通信費用は高いという話を聞いていましたが本当にその通りだと実感します。

 

【ニューヨークの日本人】

 ニューヨークはロサンゼルスのリトルトーキョーのような日本人街はありませんがマンハッタンを歩いているとよく日本人を見かけます。観光で来ている人もいると思いますが(“地球の歩き方”をよく手にしています)こちらに長期滞在している人も多いようです。私も1年という長期滞在者の1人ですが、日常生活において日本との関わりについて書いてみたいと思います。海外で滞在するとなるとまず食事のことが問題になります。私は和食には全くこだわらないのですが日本人の中には和食でなければという人もいると聞きます。家庭での食事については家族で滞在している場合は日本で食べていた料理と同じかそれに近いものになると思います。(作る人の技術的問題もあります)こちらの料理はパスタ、ポテト、サンドウィッチや肉の大きな塊の料理で、日本人の毎日の食事としては量が多いですしオイリーですので長く続かない人もいるようです。日本と同じ食生活ができるかというとやはりこちらのスーパーマーケットでは手に入らないものがたくさんあるようです。そういう時は日本食料品店にお世話になるわけですが、私のアパートメントの近くには“やぐら”という店があります。店自体はあまり大きくなくて日本のコンビニよりずっと小さく品揃えも少ないといった感じですがちょっとしたもので助かります。もしここで手に入らないものがあればマンハッタンからすぐ近くのニュージャージーにミツワ(旧ヤオハン)という大きな日本のスーパーマーケットがあります。店内はほとんど日本人ですが、日本に興味を持っていたり実際に日本食の好きなニューヨークの人も来ているようです。ニューヨークでは特にsushiはかなりポピュラーで市内のあちこちにsushi barがあります。中華系の店に入ってもsushiを出すところがありますが、こういうところをニューヨークの人が見ると日本と中国の区別がつかなくなるのではないかと心配になります。

 また日本の情報を得るにはテレビが最も簡単な手段です。ケーブルテレビを契約すれば日本のニュースなどはほぼリアルタイムに見ることができます。スペシャル番組やドラマも放送しています。放映されていない番組でも日本人専用のレンタルビデオ店がありそこに行けば速ければ数日遅れで日本の番組を見ることができます。海外にいてまで日本のテレビを見なくてもと思われる方もいるかもしれませんが、日本に帰ったときに“浦島太郎”になりたくないと言っている人も結構います。

 ニューヨークには多くの国からたくさんの人が来ていますのでその国のお祭りやパレードなどがよく行われています。たくさんの国のパレードがあり時にはメインストリートの5番街をパレードしたりしています。10月9日はコロンバスデーということで大きなパレードがあり、ジュリアーニ市長も参加していました。日本のお祭は4月に桜祭がブルックリンのボタニカルガーデンで8月にはマンハッタンで盆踊りがあり、(私は都合がつかなくて行けませんでしたが盆踊りの方はニューヨークの本願寺も関係していたように思います)9月にはストリートフェスティバル(秋祭)がありました。これはジャパンソサエティーの主催で47thストリートの1stと2ndアベニューの間で開催されていました。空手のパフォーマンスや琴演奏などに加えてたこ焼き、焼きそばなどの日本でよく見る屋台がありました。また日本文化の紹介ということだと思いますが折り紙コーナーや書道コーナーもありました。たくさんの日本人が来ていましたが日本に興味のあるニューヨーカーも多く、興味深そうに見ていました。日本を離れて暮らす日本人がたくましく生きているのを見ると何故か安心します。

10月8日の5番街でのヒスパニックパレード。

9月にマンハッタンであった“日本の祭”。

【ミュージアム】

 ニューヨークにはメトロポリタン美術館という巨大な美術館があります。観光コースですので訪れた方も多いと思います。収められている展示の数にも驚かされますがその質の高さにも驚かされます。エジプト、ギリシャ、ローマの美術工芸品から近世、現代の絵画、彫刻まで膨大な収蔵品ですのでその全てを見るには相当時間がかかります。私は18,19世紀の西洋絵画が好きですがこの手の展覧会を日本で見ようとするとものすごく混んでいて絵の周りに人垣ができてゆっくり見ることができないこともしばしばです。しかしこちらでは日本に持ってくると目玉になりそうな絵がたくさんありますが、広いということもあって背伸びをしないと見えないようなことがありませんのでゆっくり見ることができます。しかも日本のようにガラス越しというのではなく絵を直に見ることができます。こういう質の高い美術品を手軽に見ることができるのはうらや ましい限りです。またウエストサイドには自然史博物館があり、恐竜や世界の動植物、天体などの展示を見ることができます。魚から始まって両生類、爬虫類、哺乳類の化石を順に見ていくことができるフロアもあり進化の過程がよくわかります。訪れたときはちょうど“戦う恐竜展”という特別展示会があり小型の肉食恐竜と草食恐竜が争っているところでそのまま砂に埋もれて化石になったものがありました。草食恐竜が肉食恐竜の腕に噛みついて肉食恐竜が足蹴している格好です。このようなタイミングで化石になるという確率は極めて低いと思いますので貴重な発見だと思います。

メトロポリタンミュージアム。