2000年度理工ジャーナル

ビッグアップルまるかじり(3)

 

―ニューヨーク滞在記―

 21世紀をニューヨークで迎えました。タイムズスクエアではカウントダウンとボールドロップで祝っていたようです。日本の旅行会社のパンフレットにはエンパイアステートビルからの初日の出ツアーというのも載っていました。21世紀の初めをニューヨークで過ごそうと日本からきた観光客も多かったのではないでしょうか?しかしちょうど年末に大雪が降り空港が閉鎖されたり最高気温も0℃を下回る寒さでしたので大阪をはじめ暖かい所から来た人にはニューヨークの寒さは厳しかったのではないかと思います。新しい年を迎えて私のニューヨークでの滞在期間もだんだんと残り少なくなってきました。すでに9か月以上も生活してきた街ですので自分のホームタウンのような顔をして街中を歩き回っています。

 

NSFの研究報告会】

 Gross研究室ではこの5月からNational  Science FoundationNSF)から大きな予算がおりていてそのプロジェクトがスタートしています。NSFは日本でいう科学研究費のようなものですが、企業からも予算のサポートがあるところが日本のシステムとは違います。プロジェクトは高分子の酵素重合に関するものでBiocatalysis and Bioprocessing of Macromoleculesという名前がついています。予算規模が大きいですので研究室の大半がこのプロジェクトに参加しています。こちらのシステムではプロジェクトに人件費を計上することができますので博士研究員や大学院学生にこの予算から給料が支払われているようです。私はVisiting Scientist として滞在していますのでこのプロジェクトから金銭的サポートを受けてはいませんが、テーマとして私のやりたいことと合致していますので私もこのプロジェクトのテーマで研究をさせていただいています。プロジェクトのスタートから半年後の11月半ばに1回目の成果報告会開かれNSFの人や企業の人が集まり研究成果報告会が2日間にわたり行われました。当日の朝は8時15分以降にミーティングルームに行くとコンティネンタルブレックファストが用意してあり参加者がリラックスして歓談しています。9時からミーティングのスタートで3つの大きなテーマがあり順番に博士研究員と大学院学生が発表していき、それぞれの課題に対して企業の人が評価を書き込み提出します。評価項目は面白い、少し変えると面白い、興味なしという選択肢とコメントの欄があります。昼食もサンドウィッチ(日本のものとは違います)と飲み物が部屋に運ばれてきて、部屋の中でくつろぎます。私は3つ目のプロジェクトということでプレゼンは午後で持ち時間は25分ということで発表をしました。実験はインド人の博士研究員でAjayというプロジェクトリーダーとディスカッションしながら時々Gross教授とも話をしてすすめたものです。最近は研究の背景もわかってきましたが基本的には私には異分野ですので教えてもらうことが多いというのが実情ではあります。とにかく会社の人は真剣に聞きますし質疑も積極的にします。各プロジェクトに対するコメントを書かなければいけない上に、ミーティングの後にどれだけ予算をサポートするかということも話し合われるからだと思います。参加されている会社の方は単なる事務職の人ではなく化学の知識が豊富でしかも経営的な判断もできる人という印象です。予定の時間をかなりオーバーして5時過ぎに終わり、会社の人は研究室に戻ってリフレッシュメントということでワインと簡単なスナック菓子で懇談後、研究室のスタッフと近くのイタリア料理の店に行ったようです。次の日の午前中に昨日のプロジェクトに対する評価の集計と次の6か月の研究プランについてスタッフだけで話し合いが持たれたようです。全体的に評価はよかったようでGross教授から次の半年もいい成果を出そうという話がありました。

 

【便利だけどきれいとはいえないニューヨークの地下鉄】

 

ニューヨークの地下鉄というと何を思いつくでしょうか?以前は危険な場所の代名詞だったと思います。今でも100%安全とは言えませんが私の見る限り普通の市民の足になっていて朝夕のラッシュ時は結構混み合います。料金は1ドル50セント均一でどこまででも乗ることができます。有人の切符売り場ではトークンというコインを使っていますが発券機も設置されていてメトロカードという磁気カードを使うようになってきています。トークンについてはあと2年ほどで廃止するようなことをニュースでは言っていました。発券機は日本のものと少し異なりますが日本人は機械で切符を買うのに慣れていますのであまり抵抗はないと思いますが、こちらではよく発券機には誰も並んでいないのにかかわらず有人の切符売り場には長蛇の列というのを見かけます。機械には抵抗があるのでしょうか?ニューヨークの地下鉄は古くて汚いとよく言われますがまさにその通りです。通路にはごみがたくさん落ちていて駅の構内も薄暗く柱の鉄骨などがむき出しになっています。線路上を見てもやはり汚いですし、ねずみが走っているのも時々見かけます。車体への派手な落書きは見られませんがほとんど全ての窓ガラスに引っかきキズの落書きがあります。車内には何を持ち込んでもいいようで自転車を持って乗ってくる人をよく見かけますし犬も乗ることが可能です。(もちろん飼い主といっしょにですが)時刻表は一応あるようですが立て続けに来る時もあれば中々来ないこともあります。テレビで交通局の人が自慢していましたが世界の主要都市の地下鉄で急行運転を行っているのはニューヨークだけとのことでした。複々線になっている区間が多く確かに少し遠くに行くときは急行が早く非常に便利です。駅の連絡通路やプラットフォームではよく音楽を演奏してお金を集めるストリートパフォーマンスに出会います。コーラス、アフリカの太鼓、バイオリン、サックス、中国の三味線(正式な名前は知りません)など様々です。マンハッタンでは特に観光客目当てでやっている人が多いという話です。また走行中に車内でバイオリンやサックスを演奏する人もいますし(近くでやられるとうるさくて仕方ありません)お菓子、乾電池、子供のおもちゃなどを売りに来る物売りにもよく出会います。最も困るのが物乞いで自分はお金もないし住むところもないのでお金を恵んでくれと言って紙コップにコインをいれて振りながら回ってくることです。私はなるべく目をあわさないようにして通り過ぎるのを待っています。地下鉄は基本的には24時間運行ですが、時々保線のためだと思いますがストップします。よく週末の夜10時から次の日の朝までストップというケースがあります。一応駅には張り紙がしてあるのですがいつも全ての情報を把握するというわけには行きません。私も一度クィーンズからマンハッタンに帰ってくるときに夜10時を少し回っていたために途中で電車が打ち切りになり困ったことがあります。そのときは他の線の電車に乗り換えることができましたので何と帰ることができました。また日曜日の一日中急行(もしくは各駅停車)がストップしたり、ある区間だけ駅を閉鎖していたりします。週末のニューヨークでは必ずどこかの線が運休していますので注意が必要です。24時間運行もいいですが、終電を設定して始発までに保線をしてもらった方がありがたいのではないかと思ったりします。また私は経験がないのですが郊外に行く線ですと途中で行き先が変わって他の線に入ることもあるそうです。しかし何が起こってもこちらの人は動ぜずというかあきらめているというか(中にはぶつぶつ文句をいっている人もありますが)次の手段を考えるようです。ボストンやワシントンに行った時も地下鉄に乗りましたが同じアメリカでもこんなに違うのかと思うぐらいきれいでした。

 

【私の住んでいるコンドミニアムについて】

 現在私はマンハッタンのコンドミニアムで生活しています。治安の良さ、日本人に生活のしやすい所(後で家族が来ることもあり日本関係の店が近くにある所)、通勤に便利な所などを基準に滞在が1年と限られていることも考慮して決めました。前々回にも書きましたが現在アメリカは好景気でマンハッタン内は特に不動産物件が少なくあまり選択の余地がなかったのが実情ではあります。建物は1970年代にできたという30階建てのビルでミッドタウンのイーストにあります。私の借りている部屋は1ベッドルームで部屋が2つとバスルーム、キッチンです。日本人もたくさん住んでおられるようでロビーの郵便受けのところに宅配された朝日新聞の国際版がよく置いてあります。1度しかお会いしたことがありませんが向かいの方も日本人の男性でシアトルに家族を残してニューヨークに単身赴任されていると言っておられました。セキュリティは24時間ドアマンが管理していてくれて5,6人(あるいはもっと?)で交代で入り口のところにいます。入り口は自動ドアではありませんのでドアマンが出入りの時に扉を開け閉めしてくれます。最初は変な気持ちになりましたし、なぜ自動ドアにしないかと思いましたが多分人件費が安いためなのでしょう。場所によっては特定の時間だけドアマンがいるところや住人が鍵で開け閉めする所もあります。ドアマンは個人の郵便受けに入らない大き目の荷物などは預かってくれますし、どの部屋に誰が住んでいるのかということを全て把握していますので私の顔を見ただけで大きな郵便物が来ていると言って手渡してくれます。部屋の中に問題が生じたときも相談に行けば対応してくれます。また2階にはコインランドリーと簡単な運動のできる設備のあるジムがあります。コインランドリーでは洗濯機、乾燥機ともに1回あたり1.5ドルづつの料金が必要です。日本では通常1家に1台洗濯機がありますがこちらのアパートメントでは基本的にはなく、建物の中にある共用のランドリーを使うかもしくは建物内にないアパートメントでは外のコインランドリーまで行かなければなりません。通りを歩いていると時々コインランドリーでたくさんの人が洗濯をしているのを見かけます。光熱費については私のコンドミニアムでは家賃に含まれていますのでいくらでも使うことができます。屋上にも上ることができて、エンパイアステートビル、クライスラービル、国連本部ビルやイーストリバーが見渡せ、夏には日光浴をしている人もいるようです。

写真2

 

写真1:ニューヨークの地下鉄。40年以上は使っているという古い車両(通称レッドバード)と昨年7月に導入の始まった最新車両。新型車両は日本のメーカーが受注生産しているようです。

写真2:私のコンドミニアムの屋上からの景色。エンパイアステートビルとクライスラービルが見えます。

 

【サブウェイシリーズ】

 

 日本の最もポピュラーなスポーツは何かというと、少し人気にかげりが見えるという話も聞きますが今でも野球が一番ではないでしょうか?アメリカではプロスポーツが盛んでアメリカンフットボール、野球、バスケットボール、アイスホッケーといったところがメジャーなスポーツです。昨年はシドニーでオリンピックがありましたがアマチュアですのでこちらではあまり盛り上がっていないように感じました。ニューヨークで2000年の特筆すべき話題は野球だと思います。ニューヨーク市内に本拠地をおくヤンキースとメッツがワールドシリーズを戦いましたのでニューヨーク市民の盛り上がりは大変なものでした。ヤンキースはブロンクス区にメッツはクィーンズ区にあり最寄りの地下鉄の線が違うことからサブウェイシリーズと呼ばれています。前回のサブウェイシリーズが1956年だったそうで44年ぶりということでお祭り騒ぎになったようです。ヤンキースは球団の歴史も古くベーブルースをはじめとするスーパースターが過去にたくさんいます。メッツは日本で監督経験のあるバレンタイン監督と以前野茂とドジャースでバッテリーを組んだピアッツァがいて日本人には親しみがあるように思います。テレビでも連日トップで取り上げられ長い時間をかけて特集を組んでいました。結果はヤンキースが4勝1敗で優勝しハロウィンの前日にダウンタウンでパレードがありました。ウォール街の高層ビルから紙ふぶきが舞い、教会も鐘を打ち鳴らしていました。私も少しだけパレードを見に行きましたが紙ふぶきは舞っているときはきれいですが、紙はシュレッダーにかけた古紙やトイレットペーパーですので落ちてしまえばただのごみです。市の清掃局の人が掃除をしているのをテレビで見ましたがかなりの量の紙くずで処理が大変だと思いました。

 

【ホリデーシーズン】

 こちらでは11月終わりからニューイヤーにかけてをホリデーシーズンと言っています。11月の終わりはサンクスギビングデー、12月終わりがクリスマスでどちらもこちらでは重要なホリデーのようで、故郷に帰省して家族で過ごすという日本でいうお盆か正月に対応する休みです。サンクスギビングデーはターキーの丸焼きを食べる日になっているそうでテレビでよく宣伝していました。私も大学の留学生向けのパーティーに出席してターキーを食べる機会がありました。クリスマスホリデーはこちらでは最も重要な休みで帰省のための交通機関の混雑をニュースで伝えていました。日本の年末年始の帰省ラッシュに対応すると思います。テレビでは空港で待ちくたびれた人たちを映していました。こういうのを見ると日本と同じだと感じます。またこのシーズンはショッピングシーズンということでニューヨークのデパートなどは年間売上のうちかなりの割合をこの時期に売り上げてしまうそうです。実際メーシーズのようなデパートに行くと夏、秋には見られないほどの混雑ぶりで日本でいう歳末商戦と同じ光景が見られます。例年クリスマスが終わると大バーゲンが始まり50%オフなどでさらにごった返していたようです。

 クリスマスというと色あざやかにライトアップされたクリスマスツリーが連想されると思います。街の中でもよく見かけますし、大学のオフィスや私のコンドミニアムの入り口にも飾られていました。ニューヨークで最も大きなツリーはロックフェラーセンターにあるもので、数十メートルはある本物の木を切って来て据え付けられています。11月終わりに点灯式がありクリスマスシーズンの華やかさを盛り上げてくれました。もちろん日本のクリスマスのようにジングルベルのリズムとクリスマスケーキを山積みにした特売の光景は見られません。日本では新年の方が重要な日ですがこちらではクリスマスの方が重要です。カード専門店に行ってもクリスマスカードの売り場は広くとってありますがニューイヤーカードはほんの数えるほどしか置いていません。1月1日は祝日ですがほとんどの人は2日には普段どおり仕事を始めているようで、オフィス街はいつもの人出にもどっていました。

 

写真3:ニューヨーク・ヤンキースの優勝パレード。ウォール街の高層ビルから紙ふぶきが舞っています。

写真4:ロックフェラーセンターのクリスマスツリー。

【国際色豊かなニューヨーク】

 歴史的にはコロンブスがアメリカに到達して以来、当初はヨーロッパからの移民がメインでしたが現在では世界中から人が集まる国際色豊かな国です。アメリカに来る理由は様々でしょうが出身国により事情が異なっているように思います。特にアジア系や南米の人はより豊かな生活を求めて来る人が多いと聞きます。また政治的に圧力の高い所からは自由を求めて来るようです。ニューヨークでは大きなチャイナタウンがありたくさんの中国人が住んでいます。聞くところによると彼らは自国のアイデンティティーを守るために必ず中国語を子供たちに教えるといいますし、食べるものも基本的には中華料理で決してアメリカに染まろうとしないように見えます。大学の中国人とも時々昼食に行きますが中華料理以外はあまり行きたがりません。韓国人もかなり多く住んでいますが、今では韓国はかなり豊かになっていますので分断国家で政情が不安定だったためこちらに来るのではないかと聞いたことがあります。インド人もたくさんいて(研究室にもたくさんいますが)インドでは英語が半分公用語ということですので英語圏の国に行くには比較的障壁が低いように見受けられます。研究室のインド人にイギリスに行く選択肢もあったのでは?と聞くとアメリカの方がより自由があるからと言っていました。実際アメリカには様々な出身国の教授がいますがヨーロッパではしきたりが古く難しいと聞きます。またヨーロッパからもたくさんアメリカに来ていますが自由を求めてとか東欧ですと仕事がないといった理由になると思います。実際研究室にいるブルガリア人女性は仕事がないのでこちらに来たと言っていました。では日本人はどうしてアメリカに来るのでしょうか?経済的な理由?政治的理由?どちらでもないと思います。自由を求めて、異文化に触れてみたい、自分の生活環境を変えてみたい、もっと飛躍したいというのが理由ではないでしょうか?しかしアメリカに来たいと思う人は多いそうですが、ずっとアメリカに住みついてしまおうという人は他の国に比べて必ずしも多くないそうです。ロサンゼルスのリトル東京もかなり寂れてきていると聞きます。理由は日本の方が安全で豊かで住みやすいという意識があるため旅行や一時的な滞在にはいいけれどいずれは日本に帰りたいという気持ちがあるためだと聞いたことがあります。確かにアメリカは手軽に来ることができる国ですので移住する必要性が少ないのでしょう。

 

【ニューヨークのエンターテインメント】

 ニューヨークには自由の女神などの観光地や美術館など訪れるところがたくさんありますが、ミュージカルやクラシックなども一流の劇場があります。ブロードウェイミュージカルはタイムズスクエア近辺に劇場がいくつもあってそれぞれ違った公演を毎日見ることができます。劇場と言っても広いロビーがあるわけではなく大きな芝居小屋といった雰囲気を感じます。今最も人気があるのが“ライオンキング”ということですが、チケットがとりにくいので私はこれまでに“美女と野獣”と“Fosse”というミュージカルを見ました。舞台装置が華やかで楽しませてくれます。またニューヨークはクラシック音楽でも有名でメトロポリタンオペラ、カーネギーホール、ニューヨークフィルなど有名です。この中で私はメトロポリタンオペラの”カルメン“と”魔笛“に行きましたが、ミュージカルと同様華やかで一流の歌手のアリアは楽しめました。これらの公演の始まる時間は日本と比べて遅くウィークデイは大体夜8時から始まります。食事をしてゆっくりして行けるのはいいのですが終わるのが11時とか12時近くになったりしますので帰りが大変です。しかし世界的に一流のミュージカルやクラシックが毎日のように聞くことができるというのは日本では難しいですのでうらやましく思います。

写真5:リンカーンセンターにあるメトロポリタンオペラ。