研究の概要

【緒言】本研究室は高分子の合成から分子構造の解析まで幅広く研究を行っており、主な研究課題は以下の2つである。
1)合成高分子、中でも特にポリオレフィン系高分子の分子構造およびゲルの凝集構造について振動分光、固体高分解能NMRなどを用いた解析。
2)生体触媒である酵素を用いた重合過程のメカニズムや新規材料の合成。

【高分子の固体構造解析】ポリオレフィンの結晶構造や高次構造は材料物性を決定する重要なファクターである。本研究室では振動分光や固体高分解能NMRによる分子構造や分子運動性について解析を行っている。シンジオタクチックポリスチレン(sPS)1986年に出光興産で新しく合成された極めて立体規則性の高い試料である。融点が270℃と高いこと、また結晶格子中に有機溶媒を含む特異な性質を持つため機能材料としての応用が期待されている。我々は新規に合成された当初からsPSの結晶構造について解析を行い分子鎖コンフォメーションに全トランス構造と8の字らせんの2種類をとり、多形現象を示すことを明らかにした。8の字らせん結晶は溶媒を結晶格子に含む構造をとることを偏光赤外スペクトルから示した。またシンジオタクチックポリプロピレン(sPP)には安定な分子鎖コンフォメーションにsPSと同じ全トランスと8の字らせんの2つをとることが知られている。しかし全トランスコンフォメーションの安定性はsPSとは異なりメルト急冷後、応力を加えなければ得られないとされていたが、我々は応力を加えることなくメルトから氷水中に急冷して、そのまま氷水中で保持することで自発的に全トランスコンフォメーションが誘起してくる新しい結晶化プロセスを世界に先駆けて報告した。

【ゲルの架橋点構造と相構造】ゲルは三次元ネットワーク構造によって溶媒分子が系中にトラップされたもので、ハイドロゲルは多方面に応用されている。本研究室では、ゲル構造の基礎研究としてポリオレフィンを有機溶媒から作成したゲルの凝集構造を振動分光、固体高分解能NMR、熱分析を中心に解析を進めている。結晶性高分子であるsPSやアイソタクチックポリスチレン(iPS)では架橋点として結晶が形成されているが、ベンゼン環のまわりに乱れた構造をとり、バルク結晶とは異なることを報告した。またアタクチックポリスチレン(aPS)はバルクでは非晶性であるため、ゲル化の要因解明がなされていなかったが、aPS/CS2ゲルの低温赤外測定でコンフォメーションの整列に基づく吸収ピークを確認し、ゲル中でも分子鎖の秩序構造が形成されることを明らかにした。

【生体触媒を用いた高分子合成】生体触媒である酵素を用いた高分子合成は金属触媒を使用しない環境にやさしい系として近年注目されている。本研究室では主として酵素活性を高めるファクターについて研究を行っている。Candida Antarctica Lipase B (CALB)を様々なマトリックス上に固定化した固定化酵素によるε-カプロラクトン(CL)の開環重合について検討し、ポリプロピレンなどの疎水性マトリックスが有効であることを報告した。酵素は特定の温度域で活性であり、130℃以上で酵素活性が失われることを見出した。また環境問題に配慮した有機溶媒を使わない超臨界二酸化炭素中で同様の実験を行い、高い反応性を与えるトルエンと同等の酵素活性があることを見出した。この系は有機溶媒からの分離を必要とせずプロセス的にも有効であると考えられる。

【主な解析装置】300MHz固体NMR専用機(ブルカーバイオスピン)400MHz液体NMR専用機(同)顕微赤外分光器(insitu scCO2測定セルつき)(日本分光)DSC(リガク)など。